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福岡地方裁判所 昭和61年(ワ)1247号 判決 1988年1月28日

原告

福岡県信用保証協会

右代表者理事

永井浤輔

右訴訟代理人弁護士

廣瀬達男

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

松多昭三

右訴訟代理人弁護士

今井幸彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年四月二〇日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外浜田建設株式会社(以下「訴外会社」という。)は、昭和五九年三月九日、訴外福岡県信用組合(以下「訴外信用組合」という。)から、利息を年九パーセントの割合とし、借入元金を同年四月から毎月一五万円ずつ一〇〇回に分割して弁済するとの約定の下に一五〇〇万円を借り受けた。

2  原告は、昭和五九年二月二九日、訴外会社との間で、原告が訴外会社に代わって1項記載の債務を弁済したときは、同会社は、原告に対し、代位弁済額及びこれに対する代位弁済の日の翌日から右完済に至るまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金を支払う旨の保証委託契約を締結した。

3  原告は、右保証委託契約に基づき、前同日、訴外信用組合に対し、1項記載の訴外会社の債務を連帯して保証する旨約した。

4  訴外会社は、昭和五九年一〇月五日、被告との間で、次の通りの内容の火災保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 昭和五九年一〇月五日から一年間

(二) 被保険者 濱田修臣

(三) 保険金額 一五〇〇万円

(四) 保険の目的 福岡県嘉穂郡碓井町大字平山字コヲヅ三〇一番地所在

家屋番号 七〇番九

木造瓦葺平家建居宅

床面積 141.08平方メートル

5  訴外会社の代表取締役である濱田修臣(以下「濱田」という。)は、昭和六〇年四月一七日、原告に対し、同会社の原告に対する一切の債務を被担保債権として、前項記載の保険金請求権につき質権を設定し、被告は、同月二四日、右質権設定を承認した。

6  原告は、昭和六〇年四月一九日、訴外信用組合に対し、1項記載の訴外会社の借入残債務一五一一万三六八七円(残元金一四四〇万円及び利息七一万三六八七円)を同会社に代わって支払った。

7  本件保険契約の保険の目的である建物(以下「本件建物」という。)は、昭和六〇年八月八日、火災により焼失した(以下「本件火災」という。)。

よって、原告は、被告に対し、質権の実行として、一五〇〇万円及びこれに対する代位弁済の日の翌日である昭和六〇年四月二〇日から右完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1ないし3の事実は知らない。

2  同4の事実は認める。

3  同5の事実は否認する。

4  同6の事実は知らない。

5  同7の事実は認める。

三  抗弁(譲渡承認裏書手続の欠缺)

1  本件保険契約は、住宅総合保険普通保険約款(以下「約款」という。)の条項を含むものであるところ、約款一六条には、「保険の目的を譲渡する場合又は保険の目的である建物の用途を変更する場合には、保険契約者又は被保険者は、予め被告に対してその旨を申し出、保険証券に承認の裏書を請求しなければならず、右手続を怠った場合には、被告は、目的の譲渡等の事実が発生した時から被告が右裏書手続を了するまでの間に発生した損害に対しては保険金を支払わない。」旨の規定(以下「本件免責約款」という。)が存在する。

2  濱田は、昭和六〇年四月六日、柴田金治(以下「柴田」という。)に対して本件建物を譲渡した。

3  本件建物は、昭和六〇年三月ころまでには空き家になっており、右は用途の変更に該当する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は知らない。

五  再抗弁(本件免責約款の無効)

1  商法六五〇条は、保険の目的の譲渡により著しく危険が変更又は増加した場合に初めて当該保険契約はその効力を失う旨を規定しているところ、本件免責約款は、商法六五〇条の趣旨とはるかに隔たり、保険契約者及び被保険者に不当に不利で、かつ保険者には非常に有利な定めとなっているから、信義則、衡平の原則に照らし、無効というべきである。

2  また、本件免責約款が保険の目的の譲渡に際して保険契約者及び被保険者に通知義務を課している根拠は、第一に保険の目的の所有権移転に伴う占有形態の変化が保険事故発生の危険を増大させる可能性があること及び第二に保険の目的の譲渡により保険金受領者が変更することになるので譲渡通知により受領者を明確にする必要があることに求められると解されるところ、第一点については、本件における保険の目的の譲渡は譲渡担保であって、目的物の占有は元の所有者のもとに依然として留められていて占有形態には何等の変更もないから危険の増大があるとは考えられず、第二点についても、原告は濱田の保険金請求権について質権を設定しており、被告もこれを承認しているのであるから、受領権者の変更は明確になっていることに鑑みると、本件免責約款はその実質的根拠を欠き、無効というべきである。

六  再抗弁に対する認否及び被告の反論

1  再抗弁事実は争う。

2(一)  商法六五〇条及び同法六五七条は、著しい危険の変更又は増加があった場合の保険契約の失効又は解除を規定するが、右各規定は強行法規ではないから、契約自由の原則に鑑み、本件免責約款の規定も当然に有効である。

(二)  本件免責約款には、次の通りの合理性があるから有効である。

(1) 保険会社としては、目的の譲渡に伴う保険金受領者の確定が必要であり(二重払の危険防止)、また、譲渡承認手続を励行することにより譲渡人の正当な利益を保護することにもなる。

(2) 保険法上の義務履行者の確定の必要

(3) 譲渡人から保険契約が解約された後に事故が発生した場合、譲受人が保険金を受領できなくなるというような不当な事態を防止する必要のため

(4) 保険会社は、大量の事務を的確、迅速に処理する必要があるので本件免責約款のごとき定型的承認手続が不可欠であるのに対し、保険契約者側の手続自体は容易であり、不当に契約者の負担を増加させるものとはいえない。

第三  証拠<省略>

理由

一1  成立に争いのない甲第二、第四、第五号証、証人植田和弘の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる甲第一、第三号証によれば、請求の原因1(金銭消費貸借契約の締結)、同2(保証委託契約の締結)、同3(原告の保証)及び同6(代位弁済)の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  請求の原因4(本件保険契約の締結)及び同7(本件建物の焼失)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

3  同5(質権の設定及び被告の承認)の事実は、成立に争いのない甲第六号証の一ないし四によってこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二次に、抗弁事実(譲渡承認裏書手続の欠缺)について判断するに、抗弁1(本件免責約款の存在)の事実は当事者間に争いがないところ、右争いのない事実及び成立に争いのない乙第一号証によれば、約款一六条一項は、「保険契約締結後、次の事実が発生した場合には、保険契約者又は被保険者は、事実の発生がその責めに帰すべき事由によるときは予め、責めに帰すことのできない事由によるときはその発生を知った後、遅滞なく、その旨を当会社に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。ただし、その事実がなくなった後は、この限りではありません。」と規定し、その事由として、1号で「保険の目的を譲渡すること。」を、2号で「保険の目的である建物又は保険の目的を収容する建物の構造又は用途を変更すること。」を(三号省略)挙げ、同条二項は、「前項の手続を怠った場合には、当会社は、前項の事実が発生した時または保険契約者もしくは被保険者がその発生を知った時から当会社が承認裏書請求書を受領するまでの間に生じた損害または傷害に対しては、保険金を支払いません。ただし、前項第2号の事実が発生した場合において、変更後の保険料率が変更前の保険料率より高くならなかったときは、この限りではありません。」と、更に同条三項は、「第一項の事実がある場合(前項ただし書の規定に該当する場合を除きます。)には、当会社は、その事実について承認裏書請求書を受領したと否とを問わず、保険証券記載の保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって保険契約を解除することができます。」とそれぞれ規定していることを認めることができる。また、抗弁2(本件建物の譲渡)の事実は成立に争いのない乙第二号証及び証人安藤伸雅の証言により、同3(用途の変更)の事実は同証人の証言によりそれぞれこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、本件建物の譲渡の事実は約款一六条一項1号に、本件建物が空き家になった事実は同項2号の「用途の変更」にそれぞれ該当することが明らかであり、また、これらの事実はいずれも保険契約者又は被保険者の責に帰すべき事由によるものと解されるから、保険契約者又は被保険者は、それぞれその旨を予め保険者である被告に申し出て保険証券に承認の裏書を請求しなければならないところ、原告は、本件火災が発生するまでの間に保険契約者又は被保険者が右申出をして承認裏書を得たことについては何等主張も立証もしないから、本件免責約款による限り、被告は、被保険者に対し、右通知義務未履行の間に発生した本件火災に基づく損害に対して保険金を支払う必要はないものと言わざるを得ない。

三そこで、以下、再抗弁(本件免責約款の無効)について判断する。

1  まず、保険の目的の譲渡があった場合についてみると、商法六五〇条二項、六五六条、六五七条一項の各規定によれば、保険の目的の譲渡により保険事故発生の蓋然性が著しく増加した場合には、保険契約が失効するか又は解除の対象とされるに至ることとされているが、これに対し、本件免責約款は、右商法の原則を変更し、保険の目的が譲渡された場合には、これにより危険の著しい増加がなくても、保険者は、保険契約者又は被保険者が当該譲渡につき被告の承認裏書を経ない限り保険金の支払を免れることができ、又は保険契約を解除することもできるとしており、結果的に、著しい危険の増加がなくても保険契約が失効するのとほぼ同様の効果が認められている。

しかしながら、保険者は、目的の譲渡に伴い、保険金受領権者を確定する必要があり(二重払の危険の防止)、また、保険法上の義務履行者を確定する必要があるなど、保険契約上の権利義務に変動のあったことを知ることにつき、正当な利害関係を有するものであり、右要請は、保険者が大量の保険契約を迅速かつ確実に処理するためには一層重要なものとなる。その意味で、保険会社が、保険の目的の譲渡人又は譲受人に対して確実な方法により通知義務を求めることには合理的な理由があるものというべきである。他方、通知義務を課される側にとってみても、目的の譲渡という当事者の権利義務に重大な変更をもたらす事由が発生した場合にその旨を保険会社に通知してその承認を求めれば足りるのであるから(保険会社は、正当な理由がない限り承認を拒めないものと解される。)、手続的にも保険契約者らに過大な負担を課すことにはならないものというべきである。

以上に説示したところによれば、保険の目的の譲渡に関する本件免責約款部分が商法の趣旨と大きく隔たり、保険契約者らに不当に不利で保険者に不当に有利な規定となっているとは言い得ず、また、同規定が信義則ないし衡平の原則に反するということもできない。

2 次に、用途の変更があった場合についてみると、右事実は抽象的に危険の増加を推認させる事由に当たり、実際にも、本件のように空き家になることにより火災発生の危険性が高まるといえるから、これを知ることは保険者にとって極めて重要であり、従って、これにつき確実な方法による通知義務を課することには合理的な理由があるものということができる。そうすると、この点に関する約款部分もまた有効と解すべきである。

3  よって、再抗弁は理由がない。

四以上の事実によれば、本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官奥田正昭)

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